楊済(ようさい)
楊 済(よう さい、? – 291年)
才能があり、武芸に秀でていた。
司馬炎が軍事に力を入れるようになると、有望な外戚を重用しようと思い、楊済は武芸に長けていたので適任とされた。
276年10月、姪の楊芷が皇后に立てられると、楊芷の父楊駿は権勢を欲しいままにするようになった。
弟である楊済もまた恩恵を受けるようになり、楊駿・楊珧と共に天下三楊と称された。楊済は楊駿の地盤確立の為、王佑を河東郡太守に左遷し、諸侯王の世子を建立するなど謀略を巡らしたという。
290年4月、司馬炎が崩御すると、子の司馬衷が後を継いだ。
291年1月、恵帝の皇后賈南風は楊駿の権勢を妬み、
宦官の董猛・孟観・李肇と共に楊氏一派の誅殺の計画を練った。
3月、賈南風は楚王司馬瑋と結託して政変を起こすと、楊駿は殺害されてその三族及び側近の者は尽く捕らえられた。政変が鎮まって夕方になると、楊済は東宮へ召喚された。この時、楊済は裴楷へ「我はどうなるか」と問うと、裴楷は「保傅(皇族の子弟の教育係)となる為に東宮に向かうのだ」と、偽りの返答をしたという。
楊済は兵馬を長く管轄し、施しを好んだので、彼の400人の部下は皆楊済の助命を求めたが、嘆願は聞き入れられず処刑された。これを嘆かない者はいなかったという。
『三国志演義』第120回の呉征伐において晋の冠軍将軍として登場する。wikiより
覚える特殊能力
【火計・同討・鼓舞・消化・落石・奮迅】
陣形
【偃月の陣】(えんげつ)
平地型の陣形クリティカルヒット(攻撃力が2倍)発生確率が上がる陣形で、クリティカルヒットは武将の勇名な高いほど発生しやすく、勇名が高い武将にこの陣形を使わせると効果的。
関連兵器はなし
攻撃力・B 防御力・B 弓攻撃力・C 弓防御力・C 機動力・D 射程2
【水陣】(すいじん)
水上型唯一の水上専用陣形。陸上では防御力が激減するので役に立たないが水上では無敵の陣形に変身する。新兵器の『楼船』(ろうせん)があれば攻撃・防御・弓防御が上がる。
新兵器『楼船』を開発・【無】
攻撃力・B 防御力・B 弓攻撃力・C 弓防御力・B 機動力・A 射程2
新兵器『楼船』を開発・【有】
攻撃力・A 防御力・A 弓攻撃力・C 弓防御力・A 機動力・A 射程2
その他の陣形
武将パラメーター
武力【武】56 知力【知】61 魅力【魅】59 政治【政】43
※【修行】などでパラメーターが上がっている場合があります。
経験値12075・勇名0